ダイビング事故が増えている本当の理由 ― 忘れられたルールを取り戻そう
投稿者:加藤 大典
近年、スクーバダイビングの事故は残念ながら増加傾向にあります。
その原因はひとつではありませんが、大きな理由のひとつに 「定められたルールが守られていないこと」 が挙げられます。
80年以上にわたる歴史とルールの意味
1940年代に開発されたSCUBA(スクーバ)は、80年以上の歴史の中で「どうすれば快適かつ安全に潜れるのか」が研究され、教育機関やRSTCなどによってルールとしてまとめられてきました。
しかし近年、その原理原則が忘れられ、形骸化や劣化によって、ルール自体が軽視される傾向が見られます。これは事故を招く大きな要因のひとつです。

レクリエーショナルダイビングの枠組み
遊びとしてのダイビング、いわゆる「レクリエーショナルダイビング」には大きく2つの分類があります。
●スポーツダイビング/一般的に多くの人が楽しむ、深度や環境に制限を設けた範囲でのダイビング。
●テクニカルダイビング/特殊な器材やトレーニングを必要とし、スポーツダイビングの枠を拡張したもの。ただし無制限に潜れるわけではなく、ここにも明確なルールと制限があります。

資格ごとの「遊びの範囲」
それぞれの資格には「どの範囲で安全に楽しめるか」という明確な規定があります。
例えば、オープンウォーターダイバーには深度制限があり、アドバンスダイバー、レスキューダイバー、テクニカルダイバーと進むごとに、潜れる範囲や条件は拡張されていきます。
ただし 「資格の範囲ギリギリ」 でダイビングを行うことは大きなリスクを伴います。
常に余裕を持ち、自分の経験とスキルに合った範囲でダイビングを楽しむことが大切です。
レクリエーショナルダイビングとは?
まずは一般的なレクリエーショナルダイビング。
世界的にはこのような種類のダイビングは スポーツダイビング と呼ばれています。
スポーツダイビングとは、観光やレジャー、趣味として楽しむためのダイビングで、資格や経験に応じて潜れる範囲や環境が定められています。
例えば、水深や地形、使用する器材には制限があり、あくまで「安全に楽しむこと」を目的としています。
このスポーツダイビングは、最も多くのダイバーが参加している分野であり、体験ダイビングからプロフェッショナルレベルの指導者まで、幅広い人々が関わっています。
そのためルールや基準も世界的に整備されており、初心者から経験者までが共通の土台の上で安全に潜ることができるようになっています。

スポーツダイビングの範囲
上のイラストをご覧いただくとわかると思いますが、
スポーツダイビングでは最大深度は40mまでと定められています。
ただし、これはあくまで上限値であり、すべてのダイバーが40mまで潜れるという意味ではありません。
資格や経験レベルによって安全に潜れる深度は異なります。
オープンウォーターダイバー:最大18m
アドバンスダイバー:最大30m
スポーツダイビング全体の上限:最大40m
さらに重要なルールとして、
オーバーヘッド環境(閉鎖環境)への進入は禁止されています。
これは、洞窟や沈船の内部へのペネトレーション(進入)を指し、スポーツダイビングの範囲では認められていません。
なぜなら、こうした環境では出口が直線的に見えず、緊急時に水面へ浮上できないため、特殊な訓練と器材が必要だからです。
そのため、これらはスポーツダイビングではなく、テクニカルダイビングの領域に分類されます。
ルールを破ることに本当に価値はあるのか?
時折、ダイバー自身が好奇心や自己満足のために、ルールを無視して危険な行動をとることがあります。
また、ガイドの中には、顧客の満足度を高めたい、あるいは自分の虚栄心を満たしたいという理由で、本来認められていない環境にダイバーを連れて行くケースも見受けられます。
しかし、そこに本当にメリットはあるのでしょうか?
一時的な刺激や達成感は得られるかもしれません。
ですが、その先には命を危険にさらすリスクしかありません。
ルールを超えて得られる「楽しさ」は、事故が起きた瞬間にすべて失われ、本人だけでなく仲間や家族、関わるすべての人に深い悲しみを残します。
さらに、ガイドやインストラクターがルールを軽視すれば、信頼を損なうだけでなく、業界全体の信用にも大きな傷を与えます。
短期的な「満足」を得るために、長期的な安全や信頼を犠牲にすることは、ダイビングの本質から外れた行為です。
ルールはダイバーを縛るためのものではなく、自由に海を楽しみ続けるために存在するものです。
これを忘れてしまっては、本当の意味で「ダイビングを楽しむ」ことはできません。
実際の事故例から見える教訓
ルールを軽視した結果、毎年世界各地で多くのダイビング事故が発生しています。
その多くは「技術的に潜れたとしても、本来の資格や経験の範囲を超えていた」ケースに起因しています。
例1:深度制限を無視した事故
オープンウォーターダイバーが18mを超えて30m近くまで潜水し、急浮上によって減圧症を発症した例があります。
本人は「自分なら大丈夫だ」と過信していましたが、結果的に長期の治療を余儀なくされ、ダイビングを続けることも困難になってしまいました。
例2:沈船内部への無謀な進入
観光ガイドが顧客を喜ばせたい一心で、スポーツダイビングの範囲を超えて沈船内部に案内しました。
しかし視界不良と狭所により複数名が迷い、パニックに陥りかける事態となりました。
幸い事故には至らなかったものの、少し条件が悪ければ取り返しのつかない悲劇になっていたでしょう。
これらの事例が示しているのは、**「ルールを超えることに持続的なメリットは存在しない」**という現実です。
むしろ一瞬の判断ミスや油断が、命や健康、そして業界全体の信頼を失わせる結果につながります。
だからこそ、私たちはもう一度 「ルールを守ることこそが安全と楽しさを両立させる唯一の方法」 であることを心に留めなければなりません。
ダイバーのみなさんへ
ダイバーのみなさんには、まず 自分のトレーニングの範囲を超えたダイビングがどれほど危険か を理解していただきたいと思います。
そして、たとえ情熱的でカリスマ性のあるガイドから「あなたの資格や経験を超えたダイビング」を提案されたとしても、それを断る勇気があなた自身の命を救う かもしれません。
周囲からのプレッシャーや、度胸試しのような無謀な挑戦を続けることは、ロシアンルーレットをしているようなものです。
安全を軽んじることは、自分だけでなく仲間や家族、そして業界全体に取り返しのつかない影響を及ぼします。
どうか、この記事をきっかけに 「自分のダイビング環境をもう一度見直す」 という意識を持っていただければ幸いです。

テクニカルダイビングでは何が拡張されるのか?
スポーツダイビングでは、深度や環境に明確な制限が設けられている一方で、テクニカルダイビング はその枠を拡張したダイビング活動です。
ただし「制限がなくなる」という意味ではなく、高度なトレーニングと専用の器材を前提に、より深く・より長く・より特殊な環境に潜ることが許される ということです。
テクニカルダイビングで拡張される主な範囲
深度:40mを超え、100m以上の潜水も可能(段階的な訓練が必須)
ガスの使用:空気だけでなく、ナイトロックス、トライミックス(酸素・窒素・ヘリウムの混合ガス)、純酸素など複数のガスを計画的に使用
減圧:水面に直接浮上できないため、複数の減圧停止を計画的に実施
オーバーヘッド環境:洞窟や沈船内部など、水面に直線的に出られない環境への進入が可能(ただし専門のケイブダイビング・レックダイビングの訓練が必須)
テクニカルダイビングは、スポーツダイビングの延長ではなく、まったく別の専門領域です。
そのため、「できることが増える=危険が減る」わけではなく、むしろリスク管理の徹底と正しい知識がより一層求められる ということを理解しなければなりません。
プロフェッショナルに求められる責任
インストラクターは、単にダイバーを水中に案内するだけの存在ではありません。
安全を最優先に考え、ダイバーが安心して海を楽しめる環境をつくる責任 を担っています。
そのためには、自分自身が40m以深の世界を経験し、そのリスクを実感しておくことが重要です。
そうすることで、40mまでの範囲をガイドするときにも「これ以上は危険が急増する」という現実を知り、その感覚をもとに安全を確保した判断ができるようになります。
プロフェッショナルとして大切なのは、
・「自分は潜れる」という技術の誇示ではなく、
・「安全に導ける」という責任を果たすこと
なのです。
テクニカルダイビングのトレーニングにプロフェッショナルが参加する意義
ここで大きな意味を持つのが、インストラクター自身がテクニカルダイビングのトレーニングに参加すること です。
テクニカルダイビングでは、より深い水深、複数ガスの使用、オーバーヘッド環境など、スポーツダイビングの枠を超えた条件を安全にこなすための高度な知識と技術を学びます。
これらのトレーニングを通じて得られるのは「深く潜る力」ではなく、リスクを体系的に理解し、適切に管理する力 です。
その経験を持つインストラクターは、スポーツダイビングの範囲で活動する際にも、
・危険をいち早く察知する洞察力
・トラブル時に冷静に対応できる判断力
・余裕を持った安全マージンの設定力
を備えることができます。
つまり、テクニカルダイビングのトレーニングは「挑戦のための冒険」ではなく、プロフェッショナルインストラクターとしての責任を果たすための土台 なのです。
まとめ ― ルールを軽んじないことが安全への第一歩
スクーバダイビングは本来、安全に楽しむためのルールがしっかり整えられたアクティビティです。
そのルールを無視したり、安易に軽んじたりすることが事故につながります。
だからこそ、私たちは 「忘れられたルールを取り戻す姿勢」 を常に持ち続けなければなりません。
ルールを守ることは「自由を制限するため」ではなく「安全を確保するため」にあるのです。
SDI JAPANの理念
SDI JAPANは、
ダイバーをより安全に、より自由にする。
そのための教育・普及活動を続けてまいります。